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ガノタのチラシの裏

ガンダムについて思いついたことを気ままにかいています。

機動戦士ガンダムUC アニメ版 総括的な感想

 BD、DVDも発売され、イベント上映も終了しました。
 最後に『機動戦士ガンダムUC FILM&LIVE the FINAL “A mon seul désir』がに残っていますが、長きにわたるプロジェクトもほぼ終わったといってよいでしょう。
 このブログは小説版の連載開始とほぼ同じで始めたので感慨深いものがあります。





 というわけでますはよかったところら。
 私がアニメ版でよかったと思っているのは小説版でうんざりする量であったオマージュセリフのカットです。
 すべてなくなったとは言いませんがほとんどなくなっていた点はとても良かったとおもいます。
 枚挙にいとまがないとはいえ、「ユニコーンガンダムは伊達じゃない」等・・・
 なぜか新作ガンダムを作ろうとすると過去のオマージュを入れたがる方が多いのにたいし、小説版という先行するものがありながらカットしたアニメ版は素晴らしいと思います。
 逆に、こういうのが好きな人もいるのでそのようなタイプの方からは評価を下げる理由になるかもしれません。
 入れたくなる気持ちは全く分からなくもないので・・・





 2点目。
 ネオジオングの存在。
 デザインは「正直もう少しなんとかならなかったのか?」と思っていますが。ポジションとしてはアリだと思っています。
 小説版9巻で、フロンタルのシナンジュはマリーダのクシャトリヤに敗れた挙句、え?もしかして死んだの?あぁ、なんとか生き伸びてたのかという感じで終わり、10巻で満身創痍な状態でバナージの前に現れることになるわけですが、さっきやられた相手にラスボス面されても・・・というのは否めませんでした。
 シナンジュクシャトリヤ戦はうまく改変されることを期待していたのですが、まるまるカットされてしまったのは残念としても(おかげでマリーダがリディに殺されるためだけの出撃に)、ep.3の「危ないから戦いはやめよう(要約)」は置いておいて、シナンジュは一度も負けることなく、ネオジオングというパワーアップをして登場しラスボス感(デザインにラスボス感があるとは思ってませんあくまでポジションの話です)出すことができました。





 3点目。
 ブライトの声について。
 恐ろしいほどに違和感がありませんでした。
 鈴置洋孝さんと成田剣さんの声は違うのはすぐにわかるのですが、すんなり受け入れられたことにビックリです。
 いまだに、劇場版Ζのファやカツは慣れないのに・・・





 4点目。
 モブMSの活躍。
 小説版で登場したMSに加え、残党のMSとして多数のMSが登場しました。
 そのおかげで初ないしHGUCブランドで改めて立体化されるものが多く見られました。
 まさかドーベンウルフがくるとは。





 では残念なところ。
 ep.5のところでも書きましたが、ガルダからのミネバキャッチのシーンが自分のイメージとかなり違いました。
 ガンダムであまり見られんない(Xくらい?)王道のボーイ・ミーツ・ガールである機動戦士ガンダムUCだからもう少し頑張ってほしかった。
 MSメインのガンダムシリーズですしこんなところを重視しているひともあまりいないでしょうが。





 2点目はep.3におけるユニコーンガンダムVSクシャトリヤ戦の作画の大半がep.1、2の使いまわしであったこと。
 後半は約1年に1本になっていきましたが、当時は約1年に2本でしたので仕方がないと言えばそうなのですが、この点は非常に残念でした。
 同じに見えないような工夫はされていましたが・・・




 3点目。
 今回のストーリーが第3次ネオ・ジオン戦争となったこと。
 これまでの外伝やゲームには「こんなこともあったけど結局大勢に影響は与えなかったよ」という形で完結させるという暗黙のルールのようなものがあったと思います。
 小説版時点でも「うわぁ・・・」と思っていましたが、映像化によりしっかりと定義されてしまいました。
 ガンダム15〜20周年の前後ごろからガンダムの歴史年表化がはやりましたが、大半は使えないものになりました。
 とはいえ、宇宙世紀0100におけるジオン共和国の自治権の永久放棄ということは変わらないわけですから、大勢に影響は与えていないのか、適切な言葉が浮かばなかったところはありますが、「年表に乗せなければならないようなことは増やしてほしくなかった」というべきでしょうか?
 それも少しちがうか・・・?
 ちなみに、「むしろ宇宙世紀憲章とかのほうが問題」と思う方もいる、というかそう考える人の方が多いと思いますが、宇宙世紀元年等メインとなる時代(0079〜)から離れたことなので私はそれほど気にしていません。
 あくまで私が思ったことですので悪しからず。
 アナハイムサナリィにコンペで負けた理由の一つに「箱の魔力がなくなったから」と感がられるのはむしろ説得力が増したかもしれません。
 同様にサナリィが「なぜ半官半民なのか」の理由も強くなったと考えられるかも。





 4点目。
 結局アムロ、シャア、(ララァ)だった。
 ガンダムの物語でやっぱり人気があるのは宇宙世紀0079〜0093のアムロとシャアを中心とした物語だとおもいます。
 私にとってもそうです。
 それ以降の作品は、基本的にアムロとシャアからの脱却を図ろうとしてそれなりのものが創れたり、創れなかったりしてきたと思います(「閃光のハサウェイ」をどっちに入れるかは迷うところではありますが、アムロとシャアをめぐる物語の蛇足的ラストエピソードが最も適当でしょうか)。
 UCも小説版は登場することなく終わるのですが、アムロ、シャアがアニメ版でまさかの登場(明確にされてないこと、フロンタルの正体の解釈はとりあえずスルー)。
 ファンサービスとしてはこの上ないですし、正直でたとき「おぉ!」と思わなかったのか?と問われれば「思いました!」と胸を張って答えてしまいます。
 が、物語として結局アムロとシャアに戻ってきてしまったのは残念でしかありません。
 まぁ、小説版のオマージュ祭り戦闘とどっちがいいかの問いには・・・どっちがいいんでしょう?






 ツッコミどころはあれどアニメ版UCは概ね面白かった思いますので、宇宙世紀0079〜0093あたりが好きな人は観れば楽しいとおもいます。
 ただし奇跡を奇跡のままにしておきたい人にはお勧めできません。
 スタッフの皆様お疲れ様でした。











 さて、UCは内容に賛否はあっても商業的な成功を否定することはできないと思います。
 そうなると出てくるのが「次」に何を作るか?だと思います。
 「Gのレコンギスタ」や「ビルドファイターズの2期」もありますのでかなり先になりますが、やはりこのアムロとシャアの時代に近い時代の話は儲かることが再確認されましたので、サンライズさんとしてはこの時代の話を作りたいのではないでしょうか?
 そうなると完全新作もありえますが「閃光のハサウェイ」の映像化がやはり最有力ではないでしょうか。
 Ξガンダムペーネロペーもゲーム等で有名になって来ましたし、グスタフカールもUCのep.7に登場していましたのでチャンスはあるのではないかとは思います。
 問題は冨野監督の存在と話が映像化に向かないこと(あとはつまらないこと)ですね。
 前者はどうしようもありませんが、アニメ版と小説版で内容が違うことというのはガンダムにとっては日常茶飯事ですので、うまくリメイクして映像化してほしいです。
 ミーハー的な意見ですがアナハイム系MSの恐竜進化の最終形と言える(会社自体は残りますけど)Ξとペーネロペ−の動く姿が見たいのです。